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下丸子動物病院からの小説 ミステリー作家 揚羽猛(あげは たけし)
「マリー、貴女は猫、じゃなくて猫ショウ様」
登場人?物
マリー様
この物語のヒロインで、女子高生の姿をしているがその正体は猫ショウ。
トラ
この物語の語り手。彼の一人称でストーリーは進む。
あらすじ
猫のトラは猫ショウのマリーに憧れていて、いつしか自分も猫ショウになりたいと考えるようになる。そんな彼の日常の物語。
■第九話 血が欲しい。
今日俺はニャンタを見舞った。
貧血で体調が悪いらしい。
「どうだ?」
「来てくれたのか…どうも体がしっかりしなくてな。起きるとフラフラして…目眩や吐き気もするんだ…」
貧血とは血液中の赤血球が減ることである。貧血の原因は出血して赤血球が大量に血管の外に出る消耗性タイプのものと、赤血球を造る機能が衰えるサボタージュタイプのものがある。
「医者の話では腎不全が原因らしい」
腎不全で起きる貧血はサボタージュタイプのものである。
何でも腎臓からはエリスロポエチンというホルモンが出ていて、骨髄に赤血球を造るよう命令を与えているとのことだ。
「腎臓が悪くてエリスロポエチンの分泌が滞り赤血球を造れない体になってしまったということか…」
「うん…医者はこれ以上貧血が進むようならエリスロポエチンの投与を考えると言っているのだか…」
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ニャンタはエリスロポエチンの投与にはあまり乗り気ではないらしい。
欠乏しているものを補う。至極当たり前の行為である。エリスロポエチンが足りないのだからそれを補えばいいはずだ。
何故ニャンタは嫌がるのか?
「医者の話ではエリスロポエチンは異種タンパクだからいずれは抗体ができて効かなくなるそうだ」
日本にあるエリスロポエチン製剤は人間用のものだ。人に投与しても問題はないが、相手が猫となればそうはいかないのか?
「アナフィラキシーでも起きるのかい?」
俺が気色ばむと、ニャンタは大きく首を振り、
「嫌、効かなくなるだけだ。それも自己由来のエリスロポエチンまで作用しなくなるらしい」
「それは大変だな…猫用のエリスロポエチンというのはないのかい?」
「一度アメリカで発売されたらしいが、この方が抗体をより産生するらしくすぐに発売中止になったらしい」
ニャンタは心細そうな顔をして俯くと、
「血が欲しいな…」
と呟いた。
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「血が欲しいか…まるで吸血鬼の台詞ね」
マリー様は丸干しをかじりながらそう言うと、俺にも食べるようにすすめた。
「冗談を言っている場合ではありませんぜ。ニャンタにとっては切実な問題です」
「私なら輸血してもらうけどねえ。恐山の妖怪病院に行けば保存血があるから」
東北の恐山には妖怪病院があり、妖怪ならそこに行けば輸血してもらえる。妖怪の血は基本的に万能血でありどんな妖怪でも輸血できる。
「ニャンタは妖怪ではありませんからね。あくまでも普通の猫ですから…」
「それじや無理ね。ペット病院でしてもらうしかないわね」
猫に輸血する事は可能である。猫にはA、B、ABの3タイプの血液型があり、それに沿って輸血は行われる。ちなみに俺は自分の血液型を知らない。
「ニャンタは輸血アレルギーも心配しているのです」
「輸血アレルギーか…怖いわね」
「血液型検査やクロスマッチとかいう検査をしても起こることがあるそうで」
「そうね…初回は大丈夫でも定期的となると…危険度はあるわね。こっちのアレルギーはアナフィラキシーの可能性が大だし」
「アナフィラキシーって血圧が下がって息が止まるんでしょう?ヤバいですね」
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結局ニャンタはエリスロポエチンの投与を受けることにした。
輸血は最終手段として取っておくらしい。
エリスロポエチンの抗体ができる確立は30~50パーセント。
それ以上だとも聞く。しかしアナフィラキシーに比べれば…
半月後再びニャンタを見舞うとかなり血色は戻っていた。
「肉球の色が良くなったな」
人間なら顔色が良くなったなと言うところだ。
「お陰さんで…しかし鉄剤を飲むのは辛いな。あれは本当に不味い。お腹の調子も悪くなるし」
エリスロポエチンの効果を発揮するには鉄剤が不可欠であるらしい。
「注射にしてもらえば」
「うん、そうだな」
鉄剤は内服タイプだけでなく注射タイプもあるそうだ。
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数日後…
「ギャアッ?」
ニャンタは悲鳴をあげた。鉄剤の筋肉内注射は物凄く痛いらしい。
ニャンタ曰く、鉄剤の注射は静脈注射に限るとのことだ。
続く
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